今作は、古典的・伝統的なミード製造技術に、厳選した複数原料による共発酵と複合微生物発酵という2つの現代的微生物制御技術を融合させ完成したものであり、従来のサイザーとは完全に一線を画した新たなカテゴリーの醸造酒として多くの皆様にお楽しみいただきたい意欲作となります。
■ミードとサイザーの魅力を知る
ミード(蜂蜜酒)は、ハチミツを発酵させて作る醸造酒で、人類最古のアルコール飲料として親しまれてきました。その中でも、フルーツを加えて醸造したものを「メロメル(Melomel)」と呼び、特にリンゴを使用したものは「サイザー(Cyser)」として知られています。 サイザーの魅力は、蜂蜜の深い甘みとリンゴの爽やかな酸味が絶妙に調和することで生まれる、複雑で奥深い味わいにあります。発酵過程では蜂蜜とリンゴの両方に含まれる糖分が活用され、アルコール度数は5%から14%まで幅広く調整可能です。今作では飲みやすさを重視し、度数を7.0%に設定いたしました。
■厳選された原材料への徹底したこだわり
・青リンゴ「グラニースミス」の使い分け
今作では、2023年産と2024年産のグラニースミス(青リンゴ)を戦略的に使い分けています。2024年産の新鮮なものを発酵段階で使用することでフレッシュな酸味を、1年間熟成させた2023年産をベースブレンドに採用することで深みのある風味を実現しています。グラニースミス特有の青葉アルデヒド(ヘキセナール)という香気成分が、製品全体の香りの基盤を形成する重要な役割を果たしています。
・菩提樹蜂蜜の贅沢な風味
使用した菩提樹の蜂蜜は、清涼感のある上品な香りと濃厚なコクが特徴です。発酵の後期段階で加えることにより、発酵による香味成分の揮発を最小限に抑え、蜂蜜本来の複雑で豊かな風味を製品に残存させています。複数の原料を使用する際には、単純に混ぜ合わせるのではなく、それぞれの特性を活かしながら全体の調和を重視した配合が成功の鍵となります。
・野生キウイ「サルナシ」の特別な魅力
サルナシは、マタタビ科に属するツル性植物の果実で、「ベビーキウイ」や「ミニキウイ」とも呼ばれる野生の果実です。その名前は「猿が美味しくて食べ尽くしてしまう」という説に由来し、野生動物が好む甘酸っぱい味わいが特徴的です。 今作では、野生動物(熊や猿)に食べられる前の、完熟状態のサルナシを選別して収穫するという徹底したこだわりを持って原材料を調達しています。サルナシの果実はキウイフルーツに似た香りを持ちながら、より濃厚なコクと甘み、そして独特の酸味を併せ持ちます。特に酢酸ベンジルという香気成分が、製品全体の風味の複雑性向上に大きく貢献しています。
・10年熟成ホップの奥深い味わい
通常のホップは苦味が特徴ですが、今作では10年間という長期熟成を施したカスケードホップ(2015年産)を使用しています。長期熟成により苦味成分が減少し、代わりに収斂味(口の中がキュッと引き締まる感覚)が発達したものを活用することで、従来のホップとは全く異なる味わいの要素を製品に加えています。
■革新的発酵技術による味わいの創造
今作は以下の2つの手法を組み合わせて醸造いたしました。
・共発酵技術(Co-fermentation)の採用
共発酵とは、複数の原料を同時に発酵させる技術のことです。ワイン製造では古くから用いられている手法ですが、ミード製造への応用は革新的な試みとなります。この技術により、グラニースミス・サルナシ・菩提樹蜂蜜の成分が発酵過程で相互に化学的な影響を与え合い、単独で発酵させた場合では決して得られない複雑で調和のとれた風味が生まれています。
・複合微生物発酵(Mix Fermentation)による味わいの深化
複合微生物発酵とは、複数種類の微生物を同時に活用する発酵技術です。今作では以下の3系統の微生物を使用しています。 まず、グラニースミスの果皮に自然に付着している野生酵母を活用しました。これらの天然酵母は、リンゴ本来の風味特性を最大限に引き出す役割を担っています。次に、サルナシ由来の野生酵母を使用したことで、その土地特有の微生物環境(テロワール)を反映した地域固有の風味を表現しています。最後に、制御された発酵環境の維持と安定した品質確保のため、エール酵母を併用しました。この複合微生物システムにより、単一の酵母では獲得できない多様な代謝産物が生成され、風味の複雑性と深みが飛躍的に向上しました。野生酵母は特にその土地ならではの「テロワール(土地の個性)」の表現において重要な役割を果たしています。
■科学的解析に基づく風味設計
・味わいの時間的展開
今作の最も特徴的な要素は、サルナシ由来の「イガラミ」(口の中のピリピリとした刺激)によるホップの余韻延長効果です。この口腔内刺激は、サルナシに含まれるシュウ酸カルシウム結晶による物理的な刺激として作用し、味覚の感受性を高める役割を果たしています。味わいは以下の順序で段階的に展開されます。まず、サルナシのイガラミにより口腔の感受性が向上し、続いて蜂蜜の濃厚な甘味とコクが感じられます。その後、リンゴの爽やかな酸味、サルナシの複雑な果実味、そして最後に熟成ホップの収斂性(アストリンゼンシー)が現れます。この「味わいのバトンリレー」により、単一の味覚成分では表現できない、時間軸に沿った複雑な風味変化を実現しています。
・香気成分の調和
製品の香りは以下の成分によって構成されています。菩提樹蜂蜜からは清涼感のある甘い香りが、サルナシからは酢酸ベンジルによる熟成したキウイの香気が立ち上ります。グラニースミスはヘキセナールによる青葉アルデヒド香を、熟成ホップはミルセンによる松脂様の後景香をもたらしています。これらの香気成分が絶妙に調和することで、フルーティーでありながら複雑性に富んだ独特の香りプロファイルを形成しています。