今作は、複数の原料を同時に醸す「共発酵(Co-fermentation)」と、異なる菌種が織りなす「複合微生物発酵(Mixed Microbial Fermentation)」、二つのアプローチを融合させたヘリテイジ・バレルエイジド・フルーツボタニカルサイダーです。
ベースとなるのは、大町市産の夏イチゴ「サマーリリカル」との共発酵、そしてバレルロンダリングを経た原酒たち。そこに近年の発酵科学で示唆される Saccharomyces cerevisiae と非サッカロマイセス酵母、乳酸菌の混合接種によるエステル生成の増幅を狙い、精緻で美しいバランスを構築しました。
今回の主役は、白馬村産レモンバジル(Ocimum × citriodorum Vis.)の「花芽」です。
通常、葉の品質維持のために摘み取られてしまうこの花芽を、全量買取を条件にあえて着生させ、開花の瞬間に収穫しました。この決断の背景には、明確な科学的根拠があります。
Al-Kateb & Mottram(2014)の研究によれば、レモンバジルの香気成分は部位と成長段階によって劇的に変化します。葉では鋭いレモン様のシトラールと甘いリナロールが共存していますが、花芽になるとシトラールは約15%まで低下。代わりにリナロールが約40%へと上昇し、さらにバラのような優美さを持つネロールが6.2%へと劇的に増加します。つまり花芽だけが、鋭さを抑え、花々の柔らかさと上品さを纏ったフローラルな香気を放つのです。
この繊細な芳香を表現するため、酸化に敏感な不飽和アルデヒド(シトラール等)に配慮し、低温かつ低酸素下で慎重に抽出を行いました。咲きかけの花の甘さと、朝露に濡れたレモンの透明感が同居する、レモンバジルの「儚い瞬間」を閉じ込めた一本です。
Reference
1. McGovern, P. E., Mirzoian, A., & Hall, G. R. (2009). Ancient Egyptian herbal wines. Proceedings of the National Academy of Sciences, 106(18), 7361–7366. DOI:10.1073/pnas.0811578106
2. Al-Kateb, H., & Mottram, D. S. (2014). The relationship between growth stages and aroma composition of lemon basil Ocimum citriodorum Vis. Food Chemistry, 152, 440–446. DOI:10.1016/j.foodchem.2013.12.001